母は偉大なり
80代男性。認知機能低下著しいが、近くに住む息子、娘家族に支えられながら高齢妻と二人暮らしをしていた。認知機能の衰えから簡単な会話しかできなかったが、彼が何かを発する度に「ガッハッハ…」と妻が大受けしているのが印象的な夫婦だった。
家族が特に困っていたのがトイレを失敗してしまうことだった。致し方ないことではあるのだが、妻が後片付けに悩まされていた。妻の疲労も限界に達しており、母を心配した娘の要請で施設入所に向けた話し合いが何度も持たれた。しかし、住み慣れた家から引き離し、親を施設に入所させることは子供にとっては断腸の思いである。子供達は決心がつかず、関係者で支えながら今暫く妻に頑張っていただこうとなるのが常だった。
しばらくして、病気をきっかけに彼は口から食事が摂れなくなってしまった。入院することも視野にどこで療養を続けるか、妻も含めて話し合いが持たれた。妻は多くを語らず、「このまま家で観ていく。何もしなくて良い…」と力強く言い切った。その場に居合わせた者は思わず顔を見合わせたが、その決断に圧倒され「御意(仰せのままに)」と言いそうになった。妻を心配し何度も話し合いを持ったのに、妻にこれほどまでの決断力があろうとは誰も予想していなかった。
彼は日に日に弱っていったが、妻は決して動じることはなかった。道南は古き良き時代がまだまだ残る土地柄だが、本家の当主であった彼は近くに住む20名ほどの親族に見守られながら一カ月ほどして自宅で息を引き取った…