ライフストーリーのすゝめ②

もちろん夕張や炭坑の昔話が面白くて聴き取りをしているのだが、『私は何のためにライフストーリー聴取をしているのだろうか…』との想いも抱いていた。ある時、テレビを観ていると、利用者さんからライフストーリーを聞き書きし、それを個人史として纏めプレゼントしているデイサービスが取り上げられていた。『僕と同じようなことをしてるじゃないか…』。そのデイサービスの管理者は六車由美さんという方で、彼女はその取り組みを『驚きの介護民俗学』という本に綴っている。彼女は自著の中で自身が取り組む聞き書きについて以下のように説明し、私にもすっかり腑に落ちていった。

聞き書きでは、社会や時代、そしてそこに生きてきた人間の暮らしを知りたいという絶え間ない学問的好奇心と探求心により利用者の語りにストレートに向き合うのである。そこでは利用者は、聞き手に知らない世界を教えてくれる師となる。日常的な介護の場面では常に介護される側、助けられる側、という受動的で劣位な「される側」にいる利用者が、ここでは話してあげる側、教えてあげる側という能動的で優位な「してあげる側」になる。その関係は、聞き書きが終了し日常生活に戻れば解消されてしまう一時的なものではあるが、そうした介護者と被介護者との関係のダイナミズムはターミナル期を迎えた高齢者の生活をより豊かにするきっかけとなるのではないか…(p168~169)

この話には後日談がある。Aさんと知り合って数年が過ぎ、私は医師として夕張に赴任した。Aさんは齢を重ね、体調を崩し、自宅に閉じこもりがちな生活を送っていた。私とAさんの関係を知ってか知らずか、「マージャンをダシにAさんをうちのデイケアに連れ出したい。先生、協力してもらえないか」と診療所のスタッフから頼まれた。『Aさんをうちのデイケアに連れ出すなんて無理に決まってる…』と、Aさんを良く知る私は内心思いながら付いて行った。ところが、Aさんはスタッフの説得に「良いでしょう」と了承され、後ろにかけてあったカレンダーのデイケアの体験日に「浅川先生」とおもむろに書き出したのである。その姿を見て、『僕のことを医者として認めてくださっているんだ…』と感慨深さを感じた。夕張在職中、一番嬉しかった出来事である…