ライフストーリーのすゝめ①

「横たわって検死を受けるんだけど、もう目玉なんて吹っ飛んじゃって無いわけ。だから眼窩が空っぽになってる。そこに細胞液が滲んで溜まってくるわけさ。それを見てるとね、涙に見えてきたんだよ。泣いて僕に訴えてるんだなって。それまでこんな所、長く働く職場じゃねぇなって思っていたんだけど、その涙を見た時にね、この人たちの仇を打つために炭坑で働き続けなきゃダメだと思ったんだよ…」

これは私が初めて夕張で聴き取りをした際に、元炭坑員のAさんから聴かせていただいたライフストーリー(人生の物語)である。炭坑の知識が皆無の私にはAさんの話がほとんど頭に入ってこないのだが、特に「仇を打つ」という文意が全くわからなかった。そこで「仇を打つとはどういう意味ですか?」と無邪気な質問をしてしまったのである。Aさんは「だってそうだろう。彼らは炭鉱会社に殺されたようなもんなんだぞ」と答えるのだが、ますます意味がわからない。私がポカーンとしてると、「2時間そこらで夕張のことを理解しようたって無理に決まっているではないか…」とAさんから諭されたのである。

Aさんの仰る通り、2時間そこらで夕張のことを理解できるわけがなかったのである。しかしここで止めておけば良いのに、変わり者の私にはこのライフストーリーが無性に引っかかった。それ以降、私は時間を作っては夕張に出かけ、ライフストーリーを集める生活を3年続けた。もっと正確に言うと、このライフストーリーを理解できるようになるのに3年の月日が必要だったのである。私がこの3年で学んだことは、地域に関わるということは長く根気のいる作業であること、そしてライフストーリーとは人生を変えてしまうほど魅力溢れるものだということだった。今は函館、北斗、七飯の患者さん宅を周る生活だが、患者さんやご家族の話にハッとさせられたり、見慣れた車窓にも新しい発見をする毎日である。私はやっぱり地域医療が大好きだ。私のクリニックが函館、北斗、七飯にどのような貢献をしていけるか、頭の片隅で考えながら日々診療をしている。