地域貢献は私の本懐である①

① 90代女性 膵癌末期。これまで一人暮らしをしていたが、末期癌の診断を機に施設でのお看取りを希望された。ふくよかでお雛様のような風貌、これまでたくさん徳を積まれたのか、さしたる体調不良もなく400日以上施設で過ごされた。亡くなる1か月前から胸水や浮腫が出現し臥せがちとなったが、輸液などはせず自然な形で息を引き取った。

② 90代女性 大腸癌末期。これまで一人暮らしをしていたが、末期癌の診断を機に施設でのお看取りを希望された。腸管を詰まらせるため食事制限されていたが、大きな煎餅をバリバリ食べることが希望だった。「あられならいいですよ」と言ったが、「あられならいらない」と言われた。入所半年ほどして癌の増大に伴い腸閉塞を起こすようになるも、2回目までは自然に解除された。死期が近づいたころ「和生が食べたい」と仰った。「和生なら…」と一緒に食べるため買い込んだが、持って行く前日に3回目の腸閉塞を起こしそのまま息を引き取った。

③ 60代男性 肺癌末期。元々施設で暮らしていたが治療のため入院していた。治療が尽き、最期は住み慣れた施設でということで戻って来られた。戻って来られた時にはすでに厳しい状況だったが、それまで疎遠だった娘さんにも連絡し、娘さんや妹さん達に見守られて息を引き取った。

④ 90代女性 胃癌末期。元々施設で暮らしていたが治療のため入院していた。治療が尽き、最期は住み慣れた施設でということで戻って来られた。元看護師で、点滴など過度な治療はしないでほしいとの希望だった。亡くなる前日に貼付剤の麻薬は使用したが、元看護師らしい立派な最期だった。

⑤ 80代女性 食道癌末期。入院治療していたが治療が尽き、家族に迷惑をかけたくないと施設での療養を希望された。最初は食事摂取していたが、癌の増大に伴い食事が喉を通らなくなった。病状が進み家族の心配は尽きないが、本人は逆にいつも家族のことを心配している方だった。入所時はどこで最期を迎えるか決まっていなかったが、最終的に施設でのお看取りとなりこの施設で息を引き取った。

開業間もないころ、ある施設にご挨拶に伺ったさい、施設に付設された訪問看護の管理者から以下のお話をいただいた。「これからは施設も末期癌のような重い病気の方を受け入れていかなければいけないと思うんです。しかし、これまで施設として重病の方を受け入れたことがありません。ぜひご協力いただけないでしょうか?」。私は「それは大事なことですね。私なんぞで良ければ、ぜひともご協力させていただきます」とお答えした。上記の患者さん達はこの施設と一緒にお看取りさせていただいた方々である。