ロールモデル

「こんな人になりたい」と思う人に出会った経験はないでしょうか。ロールモデルとは、自分の行動や考え方などでお手本になる人物のことです。「あの人のようになりたい」と思うところから始め、その行動や思考を真似ることで効果的に成長できる、とされています。私たち医師も目標とするロールモデルと、優れた指導者を意味する「メンター」を持つべきだと言われています。ロールモデルやメンターと思える人に出会えることは幸運なことです。

私のロールモデルは、水俣病の被害者救済に尽力された故原田正純先生(1934-2012)です。私が医者と聞いて真っ先に思い浮かべるのが原田先生であり、原田先生と出会わなければこの道に進んでいなかったでしょう。原田先生との出会いは今から25年ほど前のある講演会でした。私はミーハーで有名人の講演会は好きですが、講演の内容を鮮明に覚えているのは原田先生のこの講演だけです。その講演は「私は反省しています」という言葉から始まりました。『水俣病の被害者救済に尽力されている原田先生が何を反省するの?』、原田先生の講演内容は以下のようなものでした。

1950年代、水俣湾周辺で奇妙な病気が流行し、原田先生が所属する熊本大学の神経内科に研究班が組織されます。そして研究班は10年以上かかって、加害会社のチッソが水俣湾に垂れ流していた工場排水の中に含まれるメチル水銀が水俣病の原因であることを突き止めました。病気の原因を突き止めた後は被害者救済や被災地復興の問題が残りますが、医師である原田先生たちは『それは政治や行政の仕事』と考えたわけです。ところが、水俣病の被害者は救済されるどころか第二の水俣病まで発生してしまいました。

水俣病は単なる疾患ではなく、公害という社会問題です。確かに水俣病を疾患と捉えれば自然科学である医学の領域である。しかし公害は社会現象化しているため政治学、行政学、経済学といった社会科学的視点や、人権尊重や企業倫理をどう考えていくかという人文科学的な視点も必要となります。つまり複眼的、複合的な視点で取り組む必要があるのが公害なのです。前述の原田先生の言葉は、水俣病の原因究明で自分の役割が終了したと思ってしまったことへの反省の弁でした。なぜなら被害者の窮状を目の当たりにし、その悲惨さを誰よりも知っているのは原田先生たち熊大の研究班の医師たちだったわけですから。公害の複雑さを再認識した原田先生は人生を水俣病に捧げる決意をします。それは一個の偉大な知性が誕生した瞬間でした。この講演を聴いて、私はすっかり原田先生のファンになってしまいました。原田先生に一歩でも近づきたくて今もこの仕事をしています。

原田先生と同じようなことを語った人がいました。それは大学時代の基礎医学の教授でした。最終講義で彼は、「自然科学を学んでいるからこそ社会科学や人文科学を学ぶ必要があるんや」と語りました。基礎医学が嫌いだった私は彼の授業に興味が持てませんでしたが、あまりに意外だったので衝撃でした。教授は数多いましたが、原田先生と同じようなことを言ったのは後にも先にも彼一人だったからです。先日彼は教授を退官し、その退官挨拶を読みました。そこには科学に携わる者こそ人間や社会への洞察が必要であると書かれていました。なぜなら人間や社会への洞察がなければ、せっかくの科学の叡智も戦争のようなロクなことにしか使わないから。鋭いなぁ。彼はその道では有名な研究者ですが、偉大な知性だったんだなと改めて感じています…