緩和の原点

私が主治医として初めて一人で向き合った、ある末期癌患者さんのお話。彼は60代前半、末期の大腸癌患者だった。できる治療が無くなったため、札幌の病院から生まれ故郷に戻り、出来る限り自宅で過ごすという希望だった。栄養は高カロリー輸液の点滴、排便は人工肛門、自宅で過ごすべく、これらの管理ができるようになるために転院してきた。60代前半か…高齢化社会にあって、この若さで死と向き合わなくてはならないのか。正直、彼とどのように向き合おうか、及び腰というか私には覚悟が足りなかった。

経口摂取すると腸管を閉塞させる恐れがあるが、口寂しさからつい飲食をする。その後は決まって腹痛に襲われることを繰り返した。そのうち癌細胞の腹膜播種が進み、黙っていても腹痛と腹部膨満感に悩まされるようになった。まだ医療用麻薬を使用していなかったため使用を勧めたが、頑として受け付けなかった。症状が辛い時は強い鎮痛薬かステロイドを点滴してやり過ごす。それでも週末は何とか自宅に一時外泊できるようになった。麻薬は使わず、鎮痛薬とステロイドで頑張りながら、病院と自宅を往復する生活が1ヶ月ほど続いた。だが、癌は容赦なく彼を蝕んでいく。いつものように自宅に向かったが、腹痛のため数時間で戻ってきた。「麻薬を使おう。」、今回はよほど身体に応えたのか了承してくれた。麻薬は彼を一時、苦痛から解放した。

まもなく彼から札幌のホスピスへの転院の相談を受けた。転院しても治療は変わらないことを説明したが、「まだやれることがあるのではないか」と言う。現実を受容できていないと責めることなんてできようか、残念ながら彼を見送るしかなかった。1週間後、所用で札幌に行った道すがら転院先を訪れたが、その日の早朝に彼は亡くなっていた。二日後、彼の通夜に赴き、闘病生活を支えた彼の兄から転院後の話を聞いた。「急に亡くなったんだよ。でも弟は先生に感謝していましたよ。亡くなる前日まで立って歩けてましたからね…」。その話を聞いて、これからは末期癌患者を出来うる限り疼痛で苦しめない、粘り強く苦痛緩和に努めることを心に堅く決心した。私にもう少し覚悟があったなら、彼との関わりも今少し違ったものになっていたかもしれない…