実臨床は難しい②

70代男性。数年前に難病を発症し入院していたが、在宅療養を希望され施設退院した。口から食事を摂ることができず胃瘻を造設し、自力で痰を出すことも難しくなっていた。さらに病状が進むと自力で呼吸することが難しくなり、人工呼吸器を装着するかの選択を迫られることになる。しかし、人工呼吸器を装着したとて厳しい闘病生活が待っており、高齢発症の場合は一般的に人工呼吸器の適応はないとされている。入院先からは本人、家族ともに人工呼吸器の希望なく早めに受け入れてほしいとのことだったが、施設側が少し躊躇していた。この施設では人工呼吸器の方は受け入れておらず、家族は人工呼吸器を明確に希望していないのだが、本人の意向がハッキリしないという。「患者の立場に立って考えてごらん。人生の選択を迫られているのだから簡単に決められる訳ないじゃない?もし、気持ちが変わって人工呼吸器を選択した場合は受入先を必死に探すしかないのではないか…」。

初めて本人とお会いした時、自分の病気をどこまで理解しているか、人工呼吸器についてどう考えているかやんわり訊いてみた。病気については概ね理解しているようだが、人工呼吸器については語気を強め、「何でそんなこと自分に訊くんだ?医者が必要だと思うなら装着すれば良いじゃないか⁉︎」との回答だった。「申し訳ないんだが、●●さんにも一緒に考えていただかなければならないんです。これからもご相談させてください…」と応じた。彼に関わる職種が集まり幾度もカンファレンスを開き、人工呼吸器についてどのように結論を導くか議論を重ねた。施設看護師から「人工呼吸器の適応があるとかないとかという説明では本人に伝わらないのではないか。人工呼吸器を選択することでどんな苦しさが和らぎ、どんな苦しみが待ち受けているのか、逆に選択しなければどんな苦しさが残り、どんな苦しみを回避することができるのか、具体的に話をしてみてはどうだろうか…」と提案があった。この提案は目から鱗だった。また家族がとても協力的な方々で、本人との話し合いに可能な限り同席してもらい、最終的に家族会議で何事も決めてもらっていた。人工呼吸器についても家族会議に委ね、装着はしないという結論に至った。

病状が徐々に進行し、傍で観ている我々も辛いのだから、本人の恐怖感は想像を絶するだろう。当院の看護師も辛かったのだろうと思う。訪問診療は通常月二回訪問するのだが、看護師から「なぜ毎週訪問するんですか?」と訊かれた。彼は孤独な闘いを強いられている。本当は毎日でも訪問したいのだが、それは叶わないためせめて毎週訪問していた。そしてこの孤独な闘いを医療職だけでなく介護職も支えていた。医療職でも関わりが難しい患者を、介護職が胃瘻の処置や痰の吸引まで担ってくれていた。介護職が何か困っていることはないかこまめに目配せする必要があるのだ。私は震える拳を何とか抑えて、「可哀想だから」と答えるのが精一杯だった。さらに呼吸が弱くなり、身体の酸素の巡りが悪くなってくるとさすがに私も堪らなくなってきた。「徐々に呼吸が弱くなっているので身体が順応して極端に苦しいということはないと思う。それでも息苦しさはあると思うし精神的にもお辛いと思います。ここは薬(いわゆる麻薬)を使って苦痛を和らげてあげるのはいかがでしょうか?」と家族に提案してみた。家族からは「父親の人生はこれまでも波瀾万丈だったので大丈夫です。そういう薬を使うと孫と話ができなくなるので、いざという時まで使わないでほしい…」との希望だった。

亡くなる前日にも定期訪問した。介護職から「この2〜3日、いつもと様子が違うんですよね」と言われた。翌日の午後に息を引き取ったが、午前中の様子を伺うと、「今日は朝から顔色が変でした。でもお風呂が好きだったのでお風呂どうしますかと訊いたら希望されたので入浴しました…」とのことだった。「最期に入浴できたのね、ありがとう」とお礼を言った。彼のことを良く分かっていたのは医療職ではなく介護職だったのだ。前医より余命数ヶ月と送られたが、気がついたら施設療養は一年を悠に超えていた。この間、本当に厳しい闘いを耐え抜かれました。心よりご冥福をお祈りいたします。