キャリアウーマンの先駆け
90代女性、身体、認知両機能の低下著しく、視力障害もあり、妹たち家族の介護を受けながら暮らしていた。元薬剤師で、定年まで薬剤師を勤めあげたという。ご年齢を考えるとキャリアウーマンの先駆けと呼ぶに相応しいだろう。職歴からか筋金入りの薬嫌い、医者嫌いということだった。姉を心配した家族の要請でフォローを始めたが、当初の触れ込みとは違い、我々のことをすんなり受け入れていただいた。彼女は痩せていて見るからに弱々しいのだが、どこか泰然自若とした方だった。彼女に関わる職種が集まりサービス担当者会議を開いたところ、「皆さん、有意義な会議が持てましたか?」とは彼女のコメントだ。彼女はそういう方である…
彼女のもっぱらの悩みは身体の節々の痛みだった。採血でCRPという炎症マーカーの上昇と貧血を認めた。身体の中で何らかの炎症が遷延していると考えたが、薬嫌いなため慎重に経過を観ることにした。2ヶ月が経過し、目に見える異常は見当たらなかった。「リウマチ性多発筋痛症という病気を疑っているんだけど、治療薬がステロイドなんだよね…」と彼女に切り出してみた。「副腎皮質ホルモンね⁈」との彼女の鋭い反応に、『やっぱりダメか…』と感じていたところ、彼女は妹達の方に向き直り「踏み切ってみようかしら⁉︎」と言い出した。「●●さん、飲むのかい?」と驚いたが、ステロイドを飲み始めてから身体の痛みは日に日に良くなっていった。
しかし、順調だった在宅療養は突然断たれた。急病に襲われ、あれだけ医者嫌い、病院嫌いだったが、本人、家族と相談し入院することになった。2ヶ月近く頑張ったのだが、治療の甲斐なく病院でお亡くなりになった。常日頃、病院には行きたくない、入院は絶対にしないと話していた。僕が最期は自宅で看取るつもりでいただけに、病院で一番死なせたくない人を病院で死なせてしまったことだけが唯一の心残りである…