僻地医療の醍醐味

私はこれまで僻地と呼ばれる場所で働くこともあった。僻地では入院ベッドを持つ医療機関が無い、もしくは一カ所という土地が多い。だから救急車も結構搬送されてくるし、時間外の患者の相談も多く受ける。そして臓器別の専門医が揃っているどころか、医師自体が圧倒的に少ないのである。つまり僻地医療の特徴をまとめると以下のようになる。①当直や待機番が多い(月の半分以上ということも)、②平均的な医師よりも救急患者数が多い(重症度も様々)、③症例はバリエーションに富む(患者は老若男女、疾患は発熱、怪我、皮膚炎など多様)。このように訊くとさぞかし大変と思われるかもしれないし、確かに大変な職場ではある。しかし私のように何でも診たい、何でもやりたい欲張りで、急患と訊くとアドレナリンが溢れるようなM気質な医者には案外楽しかったりする。そして何より、僻地には我々の応援団がたくさんいる。その応援団とはズバリ地域住民の方々である。

昨今、交通手段が発達し、札幌、旭川、函館、帯広などの都会の医療機関を受診するのはさほど困難ではなくなった。都会に行けば立派な病院がいくらでもあるのに、応援団の実に8割くらいの方が「ここで診てもらえないのかい?」、「先生に診てもらえれば十分だよ」と言ってくださる。お調子者の私は図に乗って「それでは観させてもらいます…」と安請け合いする。しかし僻地は既に高齢社会となっており、交通手段が発達したといえども都会に出ることは高齢者には負担が大きく、仕方なく私のようなヤブ医者に身を委ねざるをえないのが実情なのかもしれない…

これまで出逢った応援団の中に忘れられない方がいる。定期通院、内服のない80代女性の方が1ヶ月ほど前から出現した呼吸困難感で受診された。胸部レントゲンで片肺が真っ白であり、肺癌疑いで地域の中核病院にご紹介した。ご紹介の際、先方の医師から「そちらで胸膜癒着術はできないんですか?」と訊かれた。『常勤医が2人しかいない僻地の有床診療所で、しかもヤブ医者には無理なんだよな…』と僻地の現状を教えてさし上げたくなったが何とか堪えた。2週間ほどして、これ以上積極的な治療は望まれていないということで戻って来られた。『やっぱり戻って来たか…』と思いながら「大変でしたね。お疲れ様でした」と出迎えると、肩で呼吸しながら息絶えだえに「先生が良くて戻ってきました」と仰っられた。医者が暗い顔をしてると辛気臭くなるので患者の前では努めて明るく振る舞うようにしている私も、この時ばかりは彼女の手をとって思わず泣いてしまった。

僻地医療に従事したことのある方なら少なからず同様の経験をされたことがあるのではないだろうか。僻地では医療職への応援団の期待と信頼をより強く感じるような気がする。たとえ同僚の医療職が少なくとも、あまり休暇を取れず拘束時間が長くとも、応援団のエールがあるから頑張れる。地域住民のために頑張っているのではなく、地域住民がいるから頑張れるのである。今この瞬間も僻地で奮闘している医療職の方々にぜひともエールを送って差し上げてください…